終末のワルキューレの神器錬成は、なぜ怖いのか|オタクFPが読む“融合という契約”
空想おかねシリーズ 終末のワルキューレ編。
今回は少し、真面目にいきます。
『終末のワルキューレ』は、神と人類の最終戦争という派手な物語ですが、私が一番ゾクッとしたのは戦闘シーンではありません。
神器錬成(ヴェルンド)。
あれです。
神器錬成はロマンか、それとも契約か
ワルキューレと人間が魂を融合し、神を斬る武器になる。
少年漫画的には最高の展開です。
でも条件が重すぎる。
片方が死ねば、もう片方も死ぬ。
完全な一蓮托生。
ブリュンヒルデは冷静にそれを提案する。
人類代表たちは、それを受け入れる。
ここ、さらっと描かれているけれど、実はものすごい契約です。
融合とは、リスクの共有ではない
金融の世界で「共有」という言葉はよく出ます。
でも神器錬成は共有ではない。
運命の完全一致。
逃げ場がない。
分割もできない。
途中解約もない。
FPとして見ると、これは“究極の連帯契約”です。
なぜ人類は融合を選ぶのか
ここが好きなんです。
人類代表は、弱い。
神よりも圧倒的に弱い。
だからこそ、単体では勝てない。
融合するしかない。
つまり、神器錬成は「弱さの自覚」から生まれた構造です。
ここが美しい。
そして、少し怖い。
住宅ローンが頭をよぎる瞬間
作品を読みながら、どうしても考えてしまう。
現実世界にも、融合の契約がある。
夫婦で人生を背負う契約。
収入を合わせて、大きな決断をする契約。
それ自体は悪くない。
むしろ尊い。
ただ、神器錬成と同じで、条件は重い。
「片方が倒れたらどうなるか」
そこまで覚悟して融合しているか。
ここだけは、考えてしまう。
ロマンを否定しない
誤解してほしくないのは、融合を否定しているわけではないということです。
人は一人では戦えない。
誰かと組むからこそ、強くなれる。
それは事実です。
ただ、融合はロマンであると同時に、契約でもある。
ロマンだけで見ると美しい。
契約として見ると、少し冷える。
オタクFPの結論
神器錬成が怖いのは、「覚悟の重さ」を隠していないからです。
命を賭けるなら、本気で賭けろ。
中途半端な融合はない。
現実の世界でも同じだと思っています。
誰かと人生を組むなら、条件まで理解して組む。
ロマンも、数字も、両方見て決める。
それが、後悔しない契約だと思うのです。
……ブリュンヒルデは、そこまで説明してくれませんが。