豊臣秀長と今井町|天才CFOが設計した天下統一のATMと生存戦略(空想おかねシリーズ・番外編)
プロローグ|病室の窓と、語られ始めた歴史
点滴の落ちる速度をぼんやりと眺めている。
身体には管がつながれ、自由には動けない。尿バッグの重みが、今の自分の現実を容赦なく突きつけてくる。
世間では、2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』が話題だ。仲野太賀演じる豊臣秀長が、兄である秀吉を支える名補佐役として描かれている。
病室にいると、そうした世の中の喧騒さえも、どこか遠い国の出来事のように感じる。
ふと視線を窓の外に移すと、そこにはドラマの主役たちがかつて治めた大和の象徴、今井町の古い町並みが広がっている。
黒い瓦屋根が波のように連なり、夕陽を浴びて鈍く光っている。
私は奇妙な感覚に襲われた。
普段、このブログの空想おかねシリーズではアニメやマンガの経済を勝手に分析しているが、今、目の前にある景色は、それらをも凌駕するほどドライで、凄まじい生存の記録そのものだったからだ。
戦国の世、あの織田信長が比叡山を焼き払い、長島を殲滅した時代だ。逆らう者は灰になるという恐怖が支配していた。
それなのに、なぜ今井町だけは焼かれず、むしろ莫大な富を蓄えたまま、現代までその姿を留めているのか。
痛む身体をベッドに預けながら、私はその理由を考え続けた。
そして一つの結論に至ったとき、背筋が震えた。
これは、単なる歴史の話ではない。
これは経営の話であり、現代を生きる我々の生存戦略そのものだったのだ。
兄は稼ぐ人間、弟は残す人間
歴史の主役は常に兄の豊臣秀吉だ。
草履取りから天下人へ。その立身出世は鮮やかで、派手だ。
しかし、経営者の視点で見れば、秀吉は典型的な売上至上主義のワンマンCEOに過ぎない。
領土という市場を拡大し、スピード重視で攻め立てる。入ってきた金は、次の戦という投資や、派手な広報活動にすべて突っ込む。
回転率は凄まじいが、キャッシュフローは常に火の車だ。
では、なぜ豊臣ベンチャー企業は破綻しなかったのか。
そこに、弟である豊臣秀長の存在がある。
秀長は、完璧なCFO、つまり最高財務責任者だった。
兄が広げた風呂敷を畳み、占領した土地の統治を行い、確実に税を徴収する。
兄が攻めなら、弟は守りと回収。
この二輪が揃っていたからこそ、豊臣という組織は回っていた。
そして、そのCFO秀長が本拠地に選んだのが、私の目の前にあるこの大和の地だった。
なぜ秀長の本拠地は「大和」だったのか
大和国、現在の奈良県。
ここは当時、宗教勢力が非常に強く、治めにくい難治の地と言われていた。
並の武将なら敬遠する場所だ。
だが、秀長はここを選んだ。
理由はシンプルだ。ここに金があったからだ。
特に今井町は凄まじかった。
海の堺、陸の今井と称され、独自の通貨を持ち、堀を巡らせ、武装までしていた。
自治権を持つ、独立した経済特区のような場所だ。
秀長は、この扱いづらいが金のある土地を、力でねじ伏せるのではなく、取り込んだ。
宗教勢力とは対話を重ね、商人たちには特権を与えて懐柔した。これは現代の地方創生や、難易度の高い買収案件のクロージングに近い。
今井町は、天下統一のATMだった
私が病床で膝を打ったのは、ここだ。
秀長にとって、今井町は単なる領地ではない。天下統一のためのATMだったのだ。
戦には金がかかる。
兵糧、武具、輸送費。
秀吉が全国を転戦できたのは、秀長が後方から絶え間なく物資と金を送り続けたからに他ならない。
今井町の豪商たちは、そのネットワークを使って日本中から物資を調達し、資金を融通した。
秀長は、今井町という金融と物流のセンターを掌中に収めることで、兄の無茶な軍事行動を支え続けたのだ。
明智光秀が残した優良子会社という視点
ここでもう一つ、面白い視点がある。
実は今井町は、かつて明智光秀とも深い関係にあった。
だが、最終的に今井町は武装解除し、豊臣の傘下に入った。
このプロセスが、まるで現代のM&Aのように見えるのだ。
かつて光秀は、今井町の茶人らを介して、この町の経済力を利用していた。
信長のように焼き払うのではなく、彼もまた今井町という金の卵を産む鶏を傷つけずに温存した。
いわば、光秀が磨き上げた優良子会社だ。
その後、秀長は、その会社をほぼ無傷で引き継いだ。
武装解除すれば、自治権と商売は保証する。
そう持ちかけ、今井町を破壊せずに自社のグループ企業として組み込んだのだ。
もしここで、凡百の武将が乗り込んでいたら、過去に敵対したからという感情論で焼き払っていたかもしれない。
そうなれば、天下統一の資金源は灰になっていただろう。
秀長の冷静なデューデリジェンスが光る場面だ。
秀長が死んだあと、なぜ豊臣は崩れたのか
1591年、豊臣秀長は大和郡山城で病没する。
彼が死んだ瞬間、豊臣という巨大企業のバランスシートは崩壊を始めた。
CFOがいなくなったのだ。
誰が経費を締めるのか。誰が不採算部門である朝鮮出兵などを止めるのか。
誰もいなかった。
CEOの秀吉は暴走し、資金繰りは悪化し、家臣団の統制も取れなくなる。
実務を担う文治派と、現場を支える武断派の対立を仲裁できる人間も、もういない。
秀長という重しが取れた豊臣家は、またたく間に空中分解した。
そして皮肉なことに、秀長が手厚く保護した今井町だけが、徳川の世になっても商人の町として生き延びた。
エピローグ|持続こそが最強の強さ
ふと気づくと、病室はすっかり暗くなっていた。
窓の外の今井町には、ぽつりぽつりと街灯が灯り始めている。
私もかつては、売上や規模を追うことが正義だと思っていた時期がある。
だが、体を壊し、こうしてベッドに横たわっていると、痛感する。
強さとは、一時的な爆発力ではない。
持続することだ。
どんなに大きな売上を上げても、キャッシュが尽きれば会社は死ぬ。
どんなに体力に自信があっても、メンテナンスを怠れば体は壊れる。
秀長はそれを知っていた。だからこそ、派手な手柄は兄に譲り、自分は地味な調整と管理に徹した。
今井町が残ったのは、彼らが戦うことよりも生き残ることを優先したからだ。
時代に合わせて権力者と手を組み、商売という実利を取り、しなやかに変化した。
私は尿バッグの管を気にしながら、ゆっくりと寝返りを打つ。
退院したら、もう一度あの町を歩いてみよう。
今度は観光客としてではなく、生き残りの極意を学ぶ後輩として。
そして、自分のビジネスと人生のバランスシートを、もう一度見直してみようと思う。
秀長公に、笑われないように。