保険会社のビルは無駄?「儲けすぎ」と言われる生保経営の仕組みをFPが解説
「保険会社は儲けすぎ」という声の正体
駅前に建つ立派な保険会社のビルを見て、「儲けすぎではないか」「顧客の保険料で贅沢をしている」と感じたことはないでしょうか。その感情自体は自然なものかもしれません。しかし、その議論の多くは、保険というビジネスの構造を分解せずに語られています。問題は印象ではなく、仕組みです。
保険会社は単なる“集金係”ではない
保険会社は保険料を集めるだけの存在ではありません。将来の保険金支払いという長期負債を抱える機関投資家です。数十年先に発生するかもしれない支払いに備え、資産と負債をセットで設計する。この考え方を資産負債管理、いわゆるALM(Asset Liability Management)と呼びます。
例えば、国内最大手の日本生命保険が公表した最新データ(2025年度中間期末)によると、連結ソルベンシー・マージン比率は864.7%という極めて高い水準にあります。これは健全性の目安とされる200%を大きく上回る数字です。30年後に支払う約束があるにもかかわらず、短期資産だけで運用すればリスクは高まります。逆に、流動性を無視して固定資産ばかりを持つのも危険です。負債の性質に合わせて資産を組み合わせる。それが保険経営の基本です。
駅前ビルは浪費なのか
この視点で見れば、駅前のビルは単なる贅沢ではありません。長期にわたり安定したキャッシュフローを生み、インフレにも一定の耐性を持つ実物資産。不動産は長期負債と相性の良い運用対象です。
多くの保険会社は数十年前に不動産を取得しており、簿価と現在価値に大きな差があるケースも少なくありません。もちろん、すべての投資判断が常に正しいとは限りません。不透明な運用や過度な集中があれば検証は必要です。しかし、「ビルがある=浪費」という単純な図式は、企業のバランスシートを読まずに語る議論です。本質はビルの存在ではなく、その資産がALMの中でどう機能しているかにあります。
利益は悪なのか
資本主義において、利益は企業存続の前提条件です。利益がなければ、従業員に給与を支払えず、システム投資もできず、予期せぬ巨額支払いに耐えることも、長期契約を履行することもできません。
保険は慈善事業ではなく、数十年単位の契約ビジネスです。利益は目的ではなく、制度を持続させるための条件です。問題は「利益があること」ではなく、「その利益構造が妥当かどうか」にあります。
納期が存在しない特殊な商品
保険は極めて特殊な商品です。通常の商品は購入と同時に提供が完了しますが、保険は違います。契約時点では何も起きないことの方が多く、支払いが発生するのは数十年後、あるいは発生するかどうかすら確定していません。
納期が存在しない。それでも企業は常に支払い能力を維持し続けなければなりません。さらに保険は「晴れた日に傘を売る」ビジネスでもあります。リスクが顕在化した後では契約できません。不確実性に対して平時に対価を支払ってもらう、高度な信頼ビジネスです。
逆選択とモラルハザードという制度的課題
保険制度には構造的な難しさもあります。健康状態などに基づく引受審査が行われるのは、制度を維持するためです。もし審査がなければ、リスクの高い人だけが加入し、保険料は急騰し、制度は崩壊します。これを逆選択と呼びます。
また、保険があることで故意や重大な過失による損害が誘発されるリスクもあります。これがモラルハザードです。そのため、本人確認、反社会的勢力排除条項、事故調査、支払査定といった仕組みが存在します。これらは意地悪ではなく、制度を持続させるための摩擦コストです。
制度は善悪ではなく設計で動く
保険という仕組みは、善悪で語るものではありません。それは不確実性を価格に変換する制度設計です。逆選択を抑え、モラルハザードを防ぎ、長期負債に耐える資本を維持する。その摩擦コストの上に保障は成り立っています。
駅前のビルも、内部留保も、運用益も、その設計の一部に過ぎません。問題は「儲けているかどうか」ではなく、その構造が透明で持続可能であるかどうかです。感情で判断するのではなく、構造で分解する。制度を感情で裁くのではなく、構造で読み解く。その姿勢こそが、金融リテラシーの出発点です。