退職金廃止・給与上乗せ時代の落とし穴──税金・iDeCo・老後資金を正しく計算した話

退職金廃止→給与上乗せ、王子HDが火をつけた議論

製紙大手・王子ホールディングスが2026年春入社の社員から退職一時金を廃止し、相当額を毎月の給与に上乗せする制度に転換しました。対象は新卒・中途・高卒・大卒を問わず、この春以降に入社したすべての社員です。

Xでは「終身雇用前提の日本型雇用の終わりの始まり」「転職時代に合っている」という声がある一方、「老後の資金に退職金が当てにできなくなる」という懸念も上がっています。

ただ、この議論で抜け落ちているのが税金の話です。給与に上乗せされると何が変わるのか。退職所得控除とiDeCoをどう組み合わせるか。FPとして整理します。

給与に上乗せされた分、税金はどうなるのか

退職金を廃止して給与に上乗せした場合、その増えた分は給与所得として扱われます。所得税・住民税・社会保険料がすべて引かれます。

具体的に計算してみます。年収500万円の会社員が月10万円上乗せされた場合、所得税・住民税で約20%、社会保険料で約15%が差し引かれます。手取りで増えるのは約6万5000円程度です。10万円がそのまま財布に入るわけではありません。

さらに標準報酬月額が上がれば健康保険料や厚生年金保険料の負担も増えます。一方、退職金として30年後に受け取っていれば、勤続30年の退職所得控除1500万円が使えた。この差額は生涯で数百万円規模になることがあります。

給与上乗せは一見お得に見えて、手取りベースでは思ったより増えない。長期で見ると退職所得控除を失う損失の方が大きいケースがある。これが最初の落とし穴です。

退職所得控除は「使わないと損」な制度だった

退職金には退職所得控除という非常に手厚い税制優遇があります。

勤続年数20年以下の場合は1年あたり40万円、20年超は1年あたり70万円が控除されます。勤続30年であれば800万円+70万円×10年=1500万円が非課税になる計算です。さらに退職所得は控除後の金額を2分の1にしてから課税されるため、実際の税負担はさらに軽くなります。

これを月割りにすると、30年勤続の場合は毎月4万円以上の非課税枠を積み上げていたことになります。給与として受け取って税金を引かれた場合との差額は、長期勤続であれば数百万円規模になることも珍しくありません。

退職金廃止は「もらえる金額が同じなら損しない」という話ではなく、この控除を失うという話です。

退職金がなくなると、iDeCoの控除枠が全部使える

ここで逆転の発想が出てきます。

iDeCoを一時金として受け取る場合、退職所得控除が使えます。ただし会社の退職金と同じ年に受け取ると、退職所得控除は合算して計算されます。退職金が2000万円あってiDeCoも一時金で受け取ると、控除枠が食い合う状態になります。

しかし退職金がゼロなら話が変わります。iDeCoの一時金受け取りに対して、退職所得控除の枠を丸ごと使えます。iDeCoの加入年数が長いほど控除額が大きくなり、受け取り時の税負担が大幅に軽減されます。

退職金廃止は退職所得控除を失う一方で、iDeCoの受け取り時の節税効果を最大化できる環境を作るとも言えます。

2027年1月、iDeCo拠出限度額が月6.2万円に拡大する

厚生労働省が公表した改正スケジュールによると、2026年12月1日施行(2027年1月引き落とし分から適用)でiDeCoの拠出限度額が大幅に引き上げられます。

企業年金も退職金制度もない会社員の場合、現行の月2.3万円から月6.2万円へと約2.7倍に拡大します。年間で約46万8000円多く積み立てられる計算です。

加入可能年齢も70歳未満に引き上げられます。定年後も働き続ける人が増える中で、より長く積み立てを継続できる制度になります。

退職金が廃止される会社に勤めている人にとって、2027年以降のiDeCo増額は老後資金準備の中心的な手段になり得ます。会社員にiDeCoが本当に必要かどうかは、年収別シミュレーションを含めて別記事で解説しています。

iDeCoを増額すれば節税になるが、受け取り時に罠がある

iDeCoの掛金は全額所得控除になります。月6.2万円まで積めるなら、年収500万円の会社員で年間の節税効果は約14万円以上になる計算です。

ただし受け取り時に注意が必要な改正が2026年1月からすでに施行されています。

iDeCoを一時金で受け取った後、退職金を受け取るまでの期間が、従来の5年から10年に延長されました。それぞれに退職所得控除を満額使いたい場合、10年以上間を空ける必要があります。

退職金がゼロなら関係のない話ですが、退職金が残っている会社員がiDeCoも一時金で受け取ろうとする場合は、このルールを知らないと大きな税負担が発生します。単純にiDeCoを増額すればいいわけではなく、受け取り方の設計が必要です。iDeCoは「節税しながら積み立てる」制度ですが、出口設計を誤ると「ただの課税繰延」になります。iDeCoの流動性リスクと節税効果の本音についても参考にしてください。

退職金制度が変わる時代の老後設計、何から始めるか

退職金制度が変わる時代の老後設計で、まず確認すべきことは3つです。

自分の会社に退職金制度があるかどうか。あるとすればいくらになるか。iDeCoに加入しているか、していなければいつから始めるか。

この3つの答えが同じ年収でも、老後資金の総額が数百万円単位で変わります。退職金ありとなしでは、iDeCoの出口戦略がまったく異なるからです。

2027年のiDeCo拡大が来る前に、自分のケースで一度試算しておくことをすすめます。制度が変わるタイミングは、設計を見直す最大のチャンスです。iDeCoをやるべきか迷っている方のための判断ガイドも合わせてご覧ください。

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かながわFP相談所(奈良県橿原市)は保険・NISA・住宅ローン・ライフプランを中立な立場でサポートする独立系FPです。退職金・iDeCo・老後資金の試算はお気軽にご相談ください。橿原市・奈良市・大和高田市・桜井市など奈良県全域+全国オンライン対応。

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この記事を書いた人

かながわFP相談所

AFP2級FP技能士宅地建物取引士二種証券外務員

奈良県橿原市の独立系FP。外資系生保・乗合代理店・不動産会社での実務を経て独立。特定の保険会社・金融機関に属さない中立的な立場から、保険見直し・NISA・住宅ローン・ライフプランニングなど家計全般のご相談に対応。IFAとして資産運用アドバイスも行っています。

奈良・橿原でFPとして活動を始めて8年。2025年に二度の手術を経験し、病室で痛感したことがあります。人は心身が揺らいだ瞬間、どれほど知識があっても正しい判断ができなくなるという現実です。数字の正解より、迷った瞬間に隣で一緒に地図を広げる存在でありたい。

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