就業不能保険は必要か——「いちばん働けなくする病気」を、その保険は守ってくれない

就業不能保険は必要か?を問うアイキャッチ。頭を抱える男性と精神疾患のリスクを示す黒い影のイラスト。

健康診断の結果を見て、ふと手が止まる。40代に入ると、そういう瞬間が増える。

死亡保険には入った。医療保険も入っている。がん保険も、まあ、ある。
では、こう聞かれたらどうだろう。「死なずに、でも働けなくなったとき」の備えはあるか。

ここで黙る人が、実に多い。

死ねば保険金が出る。入院すれば給付金が出る。だが、生きていて、働けなくて、収入だけが止まる——この状態にノーガードな人は、相談現場でも珍しくない。住宅ローンは止まらない。教育費も止まらない。止まるのは給料だけだ。

その穴を埋めるのが就業不能保険、ということになっている。
では、本当に必要なのか。結論から言うと「人による」。 Andrey その「人による」の中身が、世間で言われているものとかなり違う。今日はその話をする。

働き世代が「がん」を恐れるのは、正しい

まず、多くの人が抱く実感を否定はしない。「40代、50代でいちばん怖いのはがんだ」——これはデータ的にも筋が通っている。

国立がん研究センターがん情報サービスの「がん統計」(全国がん登録)を見ると、がんの罹患率は40代から徐々に上がり始める。特に女性だ。乳がんは40代後半で最初のピークを迎え、子宮頸がんは30代でピークが来る。実は30代から40代に限れば、がんの罹患率は女性のほうが男性より高い。男性は50代以降に急増するので、40代は「助走期間」にあたる。

つまり、働き盛りの世代——とりわけ女性——にとって、がんは決して遠い病気ではない。しかも治療は長期化しやすく、復職までに時間がかかる。怖い、という感覚は的外れではない。むしろ正しい。

だから多くの人は、がんを軸に保障を考える。がん保険に入り、就業不能保険を検討するときも「がんで働けなくなったら」を想像する。

ここまでは、いい。問題はこの先だ。

だが、「いちばん働けなくする病気」はがんではない

会社員が病気やケガで働けなくなったとき、健康保険から「傷病手当金」が出る。給与のおよそ3分の2が、最長で通算1年6ヶ月。会社員にとっては、まずこれが最初の砦になる。

この傷病手当金が「どんな病気で支払われているか」のデータがある。全国健康保険協会(協会けんぽ)が毎年公表している「現金給付受給者状況調査」だ。その中身を見ると、多くの人の想像が裏切られる。

支給原因の堂々の1位は、がんではない。精神疾患だ。

精神疾患(精神及び行動の障害)による傷病手当金の支給は、近年は件数ベースで4割前後で推移しており、年間7万件を超えた。金額ベースで見れば、その割合はさらに大きい。一方、がん(新生物)は1割強で2位。脳・心臓などの循環器系は1割に満たない。件数で言えば、精神疾患はがんのおよそ3倍にのぼる。

整理しよう。「怖い病気」はがんかもしれない。だが「実際に人を働けなくしている病気」は、心の病だ。ここに最初のズレがある。

念のため補足しておくと、この4割前後という数字には、重い障害だけでなく、メンタルクリニックの増加や受診のハードルが下がったことで表に出てきた分も含まれている。環境が原因で、その環境から離れれば回復していく軽めのケースもある。だから「精神疾患が爆発的に重症化している」と単純化するのは正確ではない。

それでも、結論は動かない。働けなくなる入り口として、精神疾患は今や最多なのだ。

就業不能保険は、その精神疾患を正面から守らない

ここで、本題の「ねじれ」が出てくる。

最も人を働けなくする病気が精神疾患だとして——では就業不能保険は、それをカバーしてくれるのか。

答えは、「多くの商品で、十分には守らない」だ。

就業不能保険の大半は、うつ病などの精神疾患を毎月の給付金の対象外にしているか、支払いを強く制限している。精神疾患を対象に含める商品もあるが、その場合でも給付回数に上限が設けられていたり、一時金での対応にとどまったりすることが多い。商品ごとの差がとにかく激しい領域だ。

なぜ外すのか。意地悪をしているわけではない。精神疾患は再発の可能性があり、「完治」や「就労可能」の線引きが医学的に難しい。保険会社の立場からすると、支払いの判断基準が定まりにくい。だから引受の対象から外す、あるいは絞る。これは患者を疑っているという話ではなく、リスクを数値化しにくいものを商品設計で扱いきれない、という構造の問題である。

結果として、こうなる。
怖いと思われているがんは、就業不能保険でわりと守れる。実際にいちばん働けなくする精神疾患は、守りにくい。

保険が、リスクの大きいところではなく、計算しやすいところを守っている。皮肉な話だが、これが現実だ。

核心——身体は「症状固定」し、心は固定しない。それが就業不能保険の限界を決める

このねじれの根っこを、もう一段掘る。鍵は「症状固定」という考え方にある。

公的保障の最後の砦である障害年金で考えると分かりやすい。障害年金が請求できるようになる「障害認定日」は、原則として初診日から1年6ヶ月を過ぎた日だ。ところが、その前に症状が「固定した」と医学的に言える状態になれば、その時点を認定日とする特例がある。

特例が認められるのは、たとえばこういうケースだ。人工透析は開始から3ヶ月経過した日。人工関節や心臓ペースメーカー、人工弁を入れたら、装着したその日。手足の切断は、原則として切断したその日。喉頭の全摘出も同じ。

並べてみると共通点が見える。どれも「もう状態が固定した」とハッキリ言える身体の障害だ。しかもペースメーカーや人工透析などは、日常生活や就労に具体的な支障があるかどうかにかかわらず、その「事実」だけで等級が認定される。

身体障害は、症状が固定したという事実で、機械的に判断される。だから認定も早く、状態が変わらない以上「永久認定」になることもある。一度通れば、更新の心配なく安定して受け取れる。

精神障害は、ここがまるで違う。

うつ病や双極性障害、統合失調症は、症状に波があり、治療で改善する可能性があるとされる。だから「固定した」と言いにくい。認定は「日常生活や就労にどの程度支障があるか」という相対的な評価になり、ほとんどが有期認定だ。1〜3年ごとに診断書を出し直し、更新のたびに等級が下がる、あるいは止まるリスクがつきまとう。

つまり——

  • 身体障害=固定するから、認定も保障も安定しやすい
  • 精神障害=固定しないから、公的にも民間にも守りが揺れる

最も働けなくする病気が、いちばん固定しにくく、いちばん守りにくい。記事の冒頭から続いてきたズレは、この一点に行き着く。

では、どう備えるか——守りは三層で考える

「就業不能保険に入れば安心」という発想を、いったん捨てたほうがいい。働けなくなったときの収入の守りは、一枚の保険ではなく、三層の重ねで考えるものだ。

一層目:公的保障

会社員なら傷病手当金(給与のおよそ3分の2、最長通算1年6ヶ月)。これが切れた後の長期戦を支えるのが障害年金だ。障害基礎年金は令和8年度で1級が月およそ8.8万円、2級が月およそ7万円。会社員ならこれに報酬比例の障害厚生年金が上乗せされる。土台として、決して小さくない。

ただし、ここは冷静に補足しておく。障害年金は重要な制度だが、誰でも確実に受給できるわけではない。初診日をどう証明するか、保険料の納付要件を満たしているか、そして請求した状態が何級に認定されるか——どれかでつまずけば、受け取れないこともある。申請から決定までに時間もかかる。あてにしきって民間の備えをゼロにするのは、危うい。

二層目:医療保険

意外に思われるが、医療保険は精神疾患の入院でも基本的に入院給付金が出る。就業不能保険のように門前払いはしない。ただし限界が二つある。給付金は1入院あたり60日や120日といった日数上限があること。そして通院給付金の多くは「退院後の通院」に限られ、入院を伴わない通院治療だけでは対象外になりがちなことだ。

ここに、精神疾患特有の落とし穴がある。メンタルの入院は、急性期でおおむね50〜60日というケースが現場では珍しくない。これは医療保険の60日上限とちょうど重なる。つまり入院している間は医療保険でだいたい賄える。ところが精神疾患の本番は、退院した後の長い自宅療養と通院だ。そこは医療保険ではほぼ空白になる。

三層目:就業不能保険

ここまで埋まらない穴を補うのが就業不能保険、という位置づけになる。ただし前述のとおり、精神疾患の扱いは商品ごとにバラバラだ。

結局、誰に必要なのか

ここで立場をはっきりさせる。就業不能保険は、全員に必要な保険ではない。「みんな入ったほうがいい」と言ってくるのは、たいてい売りたい側の論理だ。

読者がいちばん知りたいのは、たぶん「で、自分はどっちなんだ」だろう。ざっくりした目安を先に示す。

属性就業不能保険の必要度
会社員+生活費1年分以上の貯蓄低め
会社員+住宅ローン大
自営業
フリーランス
一馬力の子育て世帯

あくまで目安だが、傾向ははっきりしている。公的な層が厚く、貯蓄で時間を稼げる人ほど必要度は下がり、公的な層が薄く、止められない支出を抱える人ほど上がる。

検討する価値が高いのは、こういう人だ。

  • 自営業・フリーランス。傷病手当金がなく、障害年金も障害基礎年金だけで3級が存在しない。公的な層が何枚も抜けている
  • 住宅ローンや教育費など、止められない固定支出を抱えている人
  • 貯蓄が薄く、半年・1年の収入ストップで家計が立ち行かなくなる人

逆に、会社員で傷病手当金があり、ある程度の貯蓄と医療保険がある人なら、就業不能保険まで重ねると過剰になることもある。

そして、もし入るなら——必ず約款で二つを確認すること。精神疾患をどう扱っているか。支払いが始まるまでの免責期間(支払対象外期間)がどれだけ長いか。パンフレットの表紙ではなく、この二つだ。

保険は「怖さ」で選ぶと、外す

人は怖いものに備えようとする。だからがん保険に入り、就業不能保険を考えるときもがんを思い浮かべる。その感覚自体は自然だし、否定しない。

だが、怖さと最適解は別物だ。本当に怖いのはがんかもしれない。けれど、金銭的にいちばん守りにくいのは、精神疾患による長期の離脱のほうだ。そして就業不能保険は、その守りにくい領域を、いちばん守ってくれない。

保険を選ぶ物差しは、「何がいちばん怖いか」ではない。「自分の職業で、どの層が抜けていて、その穴をどう埋めるか」だ。会社員と自営業では、抜けている層がまるで違う。同じ商品が、ある人には必要で、ある人には無駄になる。

だから、答えは最初に言ったとおり「人による」。あなたがどの層を持っていて、どこに穴があるのか。そこを見ないまま「とりあえず1本」を選ぶと、たいてい外す。

就業不能保険、自分には必要?を一緒に棚卸し

就業不能保険が必要かどうかは、職業・公的保障・家計の穴で答えが変わります。「自分の場合はどの層が抜けているのか」を一度整理してみませんか。保険を売るための相談ではなく、いまの備えの過不足を一緒に棚卸しします。

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かながわFP相談所

この記事を書いた人

かながわFP相談所

AFP2級FP技能士宅地建物取引士二種証券外務員

奈良県橿原市の独立系FP。外資系生保・乗合代理店・不動産会社での実務を経て独立。特定の保険会社・金融機関に属さない中立的な立場から、保険見直し・NISA・住宅ローン・ライフプランニングなど家計全般のご相談に対応。IFAとして資産運用アドバイスも行っています。

奈良・橿原でFPとして活動を始めて8年。2025年に二度の手術を経験し、病室で痛感したことがあります。人は心身が揺らいだ瞬間、どれほど知識があっても正しい判断ができなくなるという現実です。数字の正解より、迷った瞬間に隣で一緒に地図を広げる存在でありたい。

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