耳なし芳一|お経の書き忘れは和尚の過失?耳を失った補償と保険の「書き忘れ」をFPが検証

平家の亡霊から芳一を守るため、和尚は全身に般若心経を書いた。ところが耳にだけ書き忘れ、亡霊に耳を持っていかれてしまう。
子どものころに読んで、夜のトイレに行けなくなった人も多いだろう。ところがFPという仕事をしていると、怖がる前に別のことが気になってくる。
……これ、和尚の過失じゃないのか。
結論から言うと、和尚の責任を問う余地はありそうだ。ただ、この話でいちばん身につまされるのは法律ではなく「全部やったつもりで、1か所だけ抜けていた」という構図である。保険でも、まったく同じことが起きる。
ここから先は、芳一たちが現代の日本にいたらという空想である。話の内容は、小泉八雲『怪談』の原文で確認した。
そもそも「全身」とは、どこまでなのか
読み返して、まず気になったことがある。服の下まで書いたのか。鼻の穴の中はどうしたのか。
服の下については、原文にはっきり書いてある。和尚と小僧は芳一を裸にして、胸、背中、頭、顔、首、手足、さらに足の裏まで、体のあらゆる場所にお経を書いた。足の裏まで書いている。これは本気だ。
鼻の穴については、何も書かれていない。ただ、やって来た亡霊は「耳しか見えない」と言っている。鼻の穴が2つ、宙に浮いていたという話は出てこない。あの2人が筆を入れたのか、亡霊が見落としたのか、今となっては確かめようがない。
笑い話のようだが、ここが大事だ。「全身」と言っても、どこまで含むのかは誰も決めていなかった。保険の「手厚い保障」や「総合保険」も同じで、何が入っていて何が入っていないのかは、言葉の印象ではなく約款を読むまでわからない。
耳の書き忘れは、和尚の過失か
原文を読むと、もっと気になることが書いてある。耳の担当は、小僧だったのだ。和尚は「耳は小僧に任せた。やったかどうか確かめなかった私が悪い」という意味のことを言って、芳一に謝っている。
現代の法律に当てはめると、論点は3つある。
| 論点 | 条文 | 考え方 |
|---|---|---|
| 無料で引き受けた責任 | 民法644条・656条 | お経を書くことを頼まれて引き受けたと見るなら、無償でも、受任者には善良な管理者の注意義務がある |
| 書き忘れそのものの過失 | 民法709条 | 命に関わると自分で説明しておきながら、確認しなかった。過失を問う余地はある |
| 小僧のミス | 民法715条 | 寺の業務として小僧を使い、和尚や寺が指揮監督していたのであれば、使用者責任が問題になる可能性もある |
もちろん、和尚に有利な事情もある。耳を取ったのは亡霊で、和尚ではない。善意で芳一を助けようとしたのであり、和尚がいなければ芳一の命はなかったかもしれない。友人に頼まれて好意で手伝っただけなら、そもそも契約とは言えないかもしれない。実際に裁判で争えば、簡単には決まらないだろう。これは私の見立てである。
話を難しくするのが、その後の芳一だ。この出来事が広まって有名になり、身分の高い人たちが演奏を聴きに訪れ、多くの贈り物を受けて裕福になった、と原文は結んでいる。ただ、収入が増えたからといって、耳を失った損害がなくなるわけではない。治療費や慰謝料、後遺障害による仕事への影響は別に考える必要がある。名声を得たことと、耳を失ったことは、帳消しにできる話ではない。
そして和尚の賠償責任を保険でカバーできるかというと、これも悩ましい。個人賠償責任保険は日常生活の事故が対象で、寺の業務として行ったのであれば、業務に関する免責に当たる可能性がある。その場合は、個人の保険ではなく、お寺の賠償責任の備えがあるかを確かめることになる。和尚のほうにも、書き忘れがあるかもしれない。
犯人が亡霊なら、誰に賠償を請求するのか
本来いちばん責任があるのは、耳を持っていった亡霊だ。だが、これがどうにもならない。
現代の法律では、人は出生によって権利の主体になり、死亡によってその資格を失う。亡くなった本人を、そのまま賠償の相手として訴えることはできない。ただ、死亡ですべての権利や義務が消えるわけではなく、相続される債務もある。とはいえ相手は700年以上前に滅んだ平家の武者だ。今回の加害は死後の行為なので相続の話にもなりにくいし、仮に考えるとしても、相続人を探すところで行き詰まる。
では国の制度はどうか。犯罪被害者等給付金の制度は、人の生命や身体を害する罪に当たる行為による被害を対象にしている。亡霊の行為が「罪に当たる行為」と言えるのかは、さすがに想定されていないだろう。警察に被害を届け出ても、犯人の特徴を聞かれて「足音が重かった」と答えるしかない。
耳を失ったら、傷害保険は出るのか
芳一が傷害保険に入っていたとする。傷害保険の対象は「急激かつ偶然な外来の事故」によるケガだ。亡霊に耳を取られるのは、急激で、外から来た出来事ではある。問題は、保険会社に提出する事故の報告書をどう書くかだ。「亡霊に引きちぎられました」で、調査の担当者は納得するだろうか。
もう1つ、約款を読むと意外なことがわかる。傷害保険の約款の一例で、後遺障害の割合の表を見ると、耳の項目に書かれているのは聴力の話だ。
- 両耳の聴力を全く失った場合:80%
- 1耳の聴力を全く失った場合:30%
原文は、芳一のその後の聴力には触れていない。聴力を失っていなければ、この項目には当たらない可能性がある。耳そのものを失ったことで頭部に醜状が残ったと評価されるなら、「外貌(顔面・頭部・首)の醜状」の項目(この約款では3%または15%)を検討する余地はある。ただし、耳の欠損が必ずそう認定されるわけではない。認定の基準や割合は、約款と保険会社の判断による。ここは1社の約款を当てはめた推測である。
「耳を失った」という言葉の印象と、約款の中身はこんなに違う。ここでも、読んでみないとわからない。
なお、演奏を聴きに来た人から受け取ったお金も、演奏への報酬なのか、純粋な贈り物なのかによって税金の扱いが変わる。詳しくは税務署や税理士に聞いてほしい。
現実に戻す:あなたの保険の「耳」はどこか
和尚は手を抜いたわけではない。足の裏まで書いた。それでも、人に任せて確かめなかった1か所で、取り返しのつかないことが起きた。
保険でも、書き忘れはよくある場所に出る。
- 地震:火災保険だけでは、地震による火災や倒壊は基本的に補償されない。地震保険は別に付ける必要がある
- 水害:火災保険でも、契約によっては水災の補償を外している
- 働けなくなったとき:死亡保険と医療保険に入っていても、長く働けない間の収入は別の話である
- 受取人:結婚や離婚のあと、受取人が昔のままになっていないか(桃太郎の記事でも書いた)
- 特約の期限:若いころに付けた特約が、更新や満期で終わっていないか
「担当者に任せてあるから大丈夫」は、和尚の「小僧に任せたから大丈夫」と同じ構造だ。私たち保険を扱う側にとっても、耳の痛い話である。
足の裏まで書いてあっても、亡霊が見つけるのは書いていない場所だけだ。今夜、保険証券を一度、全身確認してみてほしい。
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※本記事は小泉八雲『怪談』の「耳なし芳一」を題材にしたフィクション考察である。伝わる話によって細部は異なる。現実の制度をFPの立場から当てはめた一般的な解説で、法律・税務上の判断や保険金の支払いを示すものではない。法令・約款は2026年11月4日時点で確認した。

この記事を書いた人
かながわFP相談所
AFP2級FP技能士宅地建物取引士二種証券外務員
奈良県橿原市の独立系FP。外資系生保・乗合代理店・不動産会社での実務を経て独立。特定の保険会社・金融機関に属さない中立的な立場から、保険見直し・NISA・住宅ローン・ライフプランニングなど家計全般のご相談に対応。IFAとして資産運用アドバイスも行っています。
奈良・橿原でFPとして活動を始めて8年。2025年に二度の手術を経験し、病室で痛感したことがあります。人は心身が揺らいだ瞬間、どれほど知識があっても正しい判断ができなくなるという現実です。数字の正解より、迷った瞬間に隣で一緒に地図を広げる存在でありたい。
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