がんで退職する前に読んでください|傷病手当金・保険・生活費をFPが解説

「もう会社を辞めようと思うんです」
がんと診断された方から、実際によく聞く言葉だ。
治療への不安。職場への申し訳なさ。体力の低下。退職したくなる気持ちは自然なことだ。
しかし、お金の面だけで見ると、退職を急がない方がよいケースも少なくない。
FPとして相談を受けていると、こんなケースに何度も出会ってきた。
- 「先に辞めてしまったために傷病手当金が受け取れなかった」
- 「住宅ローンの返済が急に苦しくなった」
- 「診断給付金を受け取ったが、半年で底をついた」
退職届を出すのはいつでもできる。しかし、退職後に戻せない制度がある。
この記事では、がんと診断された後に退職を考えている方へ向けて、退職前に確認したいお金のポイントを整理する。
がんになると会社を辞めたくなるのは自然なことだ
がんと告知された直後、多くの人が「もう働けないかもしれない」と感じる。
治療のスケジュールが読めない。副作用で体力が落ちる。職場に迷惑をかけている罪悪感。上司や同僚にどう説明すればいいかわからない。
そうした感情が重なって、「いっそ辞めてしまおう」という気持ちになるのは無理もない。
しかし、がんと診断された直後は、人生の大きな決断をしたくなる時期であり、同時に最も冷静な判断が難しい時期でもある。
私自身、膀胱腫瘍の告知を受けた時、仕事のことが頭をよぎった。どれほど知識があっても、心身が揺らいだ瞬間に冷静でいることの難しさは、身をもって知っている。
だからこそ、退職という大きな決断は、少し立ち止まって確認してほしいことがある。
まず確認したい「傷病手当金」
会社員・公務員ががんで働けなくなった場合、最も重要な公的給付が傷病手当金だ。
業務外の病気やけがで働けない場合、標準報酬日額の3分の2が最長1年6か月支給される。
たとえば月収30万円の会社員なら、傷病手当金は月約20万円になる。1年6か月で最大360万円の給付を受けられる可能性がある。
退職前の状況によっては、退職後も傷病手当金を継続受給できる場合がある。しかし条件を満たしていないと受給できないため、退職前の確認が重要だ。
「辞めてから申請しよう」では遅い場合がある。まず会社に休職を申し出て、傷病手当金の受給を開始してから判断する順序が重要だ。
詳しくは傷病手当金の計算方法と申請条件を確認してほしい。
退職すると失うもの
退職した瞬間に失うものは、思っている以上に多い。
①傷病手当金(継続受給の条件が厳しくなる)
前述の通り、退職前に条件を満たしていなければ受給できなくなる場合がある。
②有給休暇
退職すると有給休暇は消滅する。治療初期は有給を使いながら様子を見る選択肢もある。
③会社の福利厚生・団体保険
会社によっては、団体長期障害所得補償保険(GLTD)や、がん診断時の見舞金制度がある場合がある。退職するとこれらの恩恵を受けられなくなる。
④社会保険の任意継続vs国民健康保険の選択
退職後は社会保険の任意継続か国民健康保険かを選ぶ必要がある。治療中は医療費が高くなりやすいため、保険料と給付のバランスを確認してから判断したい。
⑤手続きの負担
在職中は会社経由で申請できるが、退職後は自分で手続きが必要になる。心身が弱っている時の手続き負担は想像以上に重い。
住宅ローンがある人は特に要注意
住宅ローンを抱えている場合、退職による収入ダウンは即座に返済リスクに直結する。
傷病手当金(月約20万円)でローン返済・生活費・治療費をすべて賄えるかどうか、数字で確認することが必要だ。
月収30万円→傷病手当金20万円に下がった場合、月10万円の収入ダウンになる。住宅ローンが月8万円なら、残り12万円で生活費と治療費や交通費などをやりくりする計算だ。
退職すると傷病手当金すら受け取れなくなる可能性があることを忘れてはいけない。
がんと住宅ローンの関係については別記事で詳しく解説している。
がん保険があっても安心とは限らない
「がん保険に入っているから大丈夫」と思っている方も多い。しかし診断給付金だけで退職後の生活を賄おうとすると、思った以上に早く底をつく。
たとえば診断給付金100万円を受け取ったとしよう。
- 月の生活費:25万円
- 住宅ローン:8万円
- 治療費や交通費などを含めると:さらに数万円
毎月35〜40万円規模の支出が続けば、100万円は2〜3か月で底をつく計算だ。
診断給付金は「諦めない治療の選択肢を買うためのお金」であり、生活費を長期間賄うためのものではない。退職後の収入源を別途確保しなければ、保険給付金はあっという間に消える。
がんとお金の全体像を把握した上で判断することが重要だ。
退職してもよいケース
もちろん、退職が正解の場合もある。以下に当てはまる場合は、退職を前向きに検討できる。
- 十分な貯蓄・金融資産がある(生活費2〜3年分以上)
- まとまった退職金が受け取れる
- 配偶者の収入で生活費をカバーできる
- 治療に専念することが医師から強く勧められている
- 職場環境がストレスの原因になっており、治療の妨げになっている
大切なのは「感情で決めない」ことではなく、「数字を確認してから決める」ことだ。
退職したい気持ちが本物であっても、数字を見た上で判断すれば後悔が少なくなる。
FPとして、そして手術を経験した一人として
私はFPとして、そして膀胱腫瘍の手術を経験した一人として、伝えたいことがある。
がんと診断された直後は、人生の大きな決断をしたくなる。しかしそのタイミングは、最も冷静な判断が難しい時期でもある。
退職届を出すのはいつでもできる。
しかし退職後には、戻せない制度がある。
まずは治療と体調を優先しながら、
- 傷病手当金の受給を開始する
- 高額療養費制度を把握する
- がん保険の給付条件を確認する
- 家計の収支を数字で整理する
これだけ確認してから判断しても、遅くはない。
一人で抱えないでほしい。数字を整理するだけで、見える景色は変わる。
よくある質問
がんになったらすぐ退職した方がいいですか?
多くの場合、すぐに退職する必要はない。まず傷病手当金・有給休暇・会社の福利厚生を確認してから判断することをおすすめする。退職はいつでもできるが、退職後に戻せない制度がある。
傷病手当金は退職後も受け取れますか?
条件次第で継続受給できる場合がある。ただし退職前の勤務状況や加入状況などによって扱いが異なるため、退職前に健康保険組合や協会けんぽへ確認してほしい。
がん保険だけで生活できますか?
難しいケースが多い。診断給付金100万円を受け取っても、毎月の生活費・住宅ローン・治療費が重なれば2〜3か月で底をつくことがある。がん保険は「使途自由なまとまったお金」であり、長期の生活費を賄うものではない。就業不能保険や傷病手当金と組み合わせた設計が重要だ。

この記事を書いた人
かながわFP相談所
AFP2級FP技能士宅地建物取引士二種証券外務員
奈良県橿原市の独立系FP。外資系生保・乗合代理店・不動産会社での実務を経て独立。特定の保険会社・金融機関に属さない中立的な立場から、保険見直し・NISA・住宅ローン・ライフプランニングなど家計全般のご相談に対応。IFAとして資産運用アドバイスも行っています。
奈良・橿原でFPとして活動を始めて8年。2025年に二度の手術を経験し、病室で痛感したことがあります。人は心身が揺らいだ瞬間、どれほど知識があっても正しい判断ができなくなるという現実です。数字の正解より、迷った瞬間に隣で一緒に地図を広げる存在でありたい。
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